亜紀が起きたのは昼を過ぎてからだった。
先に起きていた俺は、亜紀が起きたら何て声を掛けようかとずっと悩んでいたのだが、結局出て来たのは「大丈夫?」という言葉だった。
「ん……頭痛い……」
亜紀は布団の中で身体を丸めて、少し辛そうにそう答えた。
酷い二日酔いみたいだ。
「水持ってこようか?」
「……うん……」
俺が水を持ってくると、亜紀はそこでようやくここが自分達のコテージで、横にいるのが俺だという事に気付いたようだった。
「……直樹……?……私……」
「とりあえず、水飲みなよ。」
亜紀は水を飲むと、何かを思い出そうとするように頭を抱えていた。
そして自分が身に着けたままのワンピースを見てハッとした顔をして、昨夜の事を思い出したようだった。
亜紀は俺の目を見てはくれなかった。
ただ水が入ったコップを持ったまま、下を向いて黙り込む。
2人の間に、重い空気が漂う。
俺は何か言わなきゃと思い、言葉を探していた。
「夜中……夜中に、牧原達が酔って寝ちゃった亜紀を運んできたんだよ。」
俺はそれだけを亜紀に伝えた。
俺は亜紀が牧原達と昨夜何をしていたのかは知らない。少なくとも亜紀の中ではそういう事になっているはずだ。
だから俺は、何も知らない風に装う事にしたんだ。
「……そ、そうだったんだ……。」
「お酒、相当飲んだの?」
「……うん……ごめん……。」
亜紀はそう言って下を向いたまま謝った。
「……直樹は風邪大丈夫?」
「俺はもう大丈夫だよ。亜紀は食欲ある?」
首を横に振る亜紀。
「じゃあもうちょっと寝てる?」
「うん……でも、着替えなきゃ。」
亜紀はそう言って身体を起こしてベッドから立ち上がった。
でもそこでワンピースの中に違和感を覚えたのか、スカートの上からお尻を触って「あっ」と声を漏らしていた。
自分がノーパンだという事に気付いたようだ。
そして亜紀はソワソワした様子でバックから着替えを持って洗面所へ入っていった。
今、鏡の前で服を脱いで、自分の裸姿を見た亜紀は何も思っているのだろう。
二日酔いの頭痛や吐き気、度重なる性交と絶頂で疲労が溜まった重い身体、そして毛の無くなった陰部。
着替えを終えて部屋に戻ってきた亜紀の表情は、酷く暗いものだった。
罪悪感に苛まれているような、そんな表情。
亜紀は泣きそうな顔で俺の方を一瞬チラっと見ると、「ごめん……」とだけ小さな声で呟いて、俺の視線から逃げるようにしてベッドの中に潜り込んでしまった。
俺はその横でずっと考えていた。
俺は亜紀を責めるつもりはなかったし、そもそも亜紀を責める権利は俺にはないと思っていた。
だって、原因は俺にあるんだから。
俺がしっかりしていれば、あんな事にはならなかったんだ。
それに正直に言うと、俺は亜紀に対して幻滅だってしていなかったんだ。
あんな所を見たからって、亜紀を嫌いにはなれなかったし、亜紀の事を好きだって気持ちも変わらなかった。
なぜだか分からないけど、それが俺の正直な気持ちなんだ。
でも一方で、牧原達の上で自ら積極的に腰を振りたくっていた亜紀の姿を思い出すと、なんでなんだと思ってしまう。
やっぱり俺もまだ頭の中が混乱していた。
今まで俺が知らなかった亜紀の姿を見せられて、亜紀の事をどう理解したらいいのか分からなかったんだ。
あれが本当の亜紀の姿なのか、それともただ酒に酔っぱらっていたからあんな事になってしまっただけなのか。
いや、たぶん酒のせいなんだろう。二日酔いになる程飲んでいたのだから。
篠田のセフレになるとかいう話も、きっと酔った勢いで言ってしまっただけなんだ。きっとそうだ。そうに決まってる。
……
ちょっと無理矢理かな。でも俺は亜紀の事が本当に好きなんだ。今でも。
だからそうやって自分に言い聞かせていないと、発狂して死んでしまいそうだったんだ。
南の島での最後の夜も俺達はディナーを予約してあった。
亜紀と相談して、結局俺達は2人でそのレストランに行く事にした。
行きも帰りも相変わらず気まずい空気だったけど、食事中に亜紀は「おいしいね」と言って少し笑顔を見せてくれた。(なんか気を使った感じで)
ただ亜紀はまだあまり体調が良くなかったのか、料理の半分くらいは残してた。
それで食事を終えて、コテージに帰って来てから俺は1人でシャワーを浴びていたんだけど、その間に亜紀はどうやら牧原達と電話をしていたようだ。
俺がシャワーから出て来た時にまだ話してたから、聞こえてしまったんだ。(たぶん牧原達の方から掛けてきたんだと思う)
「はい、大丈夫です。……え~無理ですよそんなの。あ~でも……じゃあ……う~ん、はい。……はい、じゃあ……。」
そう言って話は終わり、亜紀は電話を切った。
会話の内容はよく分からなかったけれど、電話を切った後、亜紀は「はぁ……」と溜め息をついているようだった。
部屋に入ると、亜紀が下を向いていたから俺が「何かあった?」と聞くと、亜紀は「ぇ……ううん」と首を横に振って答えた。
そして翌日、俺達は飛行機に乗って南の島から去り、帰った。
結局あれ以降南の島では牧原達とは接触しなかった。飛行機も一緒じゃなかったし。
でも、俺と亜紀は帰りも言葉少なめで、行きの時の明るい雰囲気とは全く逆の状態だった。
結果的に、俺達の旅行は最悪なものになってしまったのだ。
仲を修復するための旅行だったのに、それがさらに悪化してしまう事になるなんて。
俺は怖かった。
いつ亜紀に別れを告げられるんだろうと、毎日それが怖くて怖くて堪らなかった。
でも旅行から帰って来てから1ヶ月、俺達はまだ別れていない。今もまだ、亜紀は俺の彼女だ。
そう……〝まだ〟
バイトは同じだから、亜紀とは顔を合わせてる。デートとかはしてないけど。雰囲気はなんとく俺が留年した直後に似ていた。
それなりに距離を置いてる感じ。
でも俺が寂しくなって亜紀に今日部屋行っていい?って聞くと、亜紀は「いいよ」と言ってくれた。
セックスは……してない。
こんな状態いつまでも続く訳ないよな、と思いながらも亜紀からは別れたいとか言ってこないから、もしかしてまだ関係を修復するチャンスは残っているのかもしれない、とか少し考えていたりもした。
時間が経てば、また前みたいに亜紀が俺に本物の笑顔を向けてくれる日がくるんじゃないかって。
でもその考えは甘かった。
牧原達だよ。
牧原達と亜紀、そして俺の関係はまだ終わっちゃいなかったんだ。
完