亜紀と牧原達がコテージに戻ってきたのは夕方になる少し前くらいだった。
隣の部屋に入ってくるなり、相変わらず4人の楽しそうな会話と笑い声が聞こえてきた。
「ていうか亜紀ちゃん全然焼けてないね、あんなに太陽の下にいたのに白いまんまじゃん。」
「たっぷり日焼け止めクリーム塗りましたから。あ、でもやっぱりちょっと焼けてるかな。このくらい仕方ないけど。」
「どれくらい焼けたかちょっと水着ズラして見せてみてよ。」
「え~ダメですよぉ、なんか目がイヤらしいですよ?フフッ、でも3人は結構焼けましたねぇ、篠田さんは特に。」
「俺は元々黒いから。でも今日は確かに焼けたなぁ、ほら、水着穿いてる所とこんなに違うし。」
「わぁ、本当ですね。でも男の人は焼けてた方が健康的で良いと思いますよ。」
「亜紀ちゃんは?ちょっとだけ見せてよ、俺も見せたんだし。」
「え~……う~ん……ハイ。」
「おお!日焼け跡エロいじゃん!ていうか亜紀ちゃん本当に肌美白だね。じゃあさ、もうちょっと水着下げてみようか。」
「え~もうこれ以上はダメですよっ。」
「いいじゃん、もうちょっとサービスしてよ。」
「ダーメっ。あ、そうだ、私ちょっと直樹の様子見てきます。」
牧原達にそう言った後、亜紀は俺が寝ている部屋へ入ってきた。
この時の俺は当然、嫉妬で不機嫌になっていた。
〝あ、そうだ〟って……牧原達と遊ぶのに夢中で俺の事なんか忘れたみたいだな。
どうせ亜紀は恋人としての義務感で俺の様子を見に来ただけなんだろうな。
「直樹、身体の調子どう?良くなった?」
俺は亜紀に声を掛けられても昨夜と同じく、また拗ねた子供のように寝たふりをしてみせた。
幼稚な行為だと自覚しながらも、今の俺には嫉妬を隠すためにそれくらいの事しかできなかった。
牧原達と楽しく過ごしてテンションの上がっている亜紀と今の俺では温度差があり過ぎる。
そんな亜紀と会話なんてしたくなかったんだ。
「直樹、寝てるの?」
「……。」
目を閉じた俺の顔を覗き込んだ後、亜紀は何も言わず部屋を出て行った。
「寝ちゃってるみたいです。」
「そっか、そのまま寝かせておいた方がいいよ。風邪治すには寝るのが一番なんだから。」
「……そうですね。」
「それより亜紀ちゃん、夜はどうする?食事とか直樹とどっか行く予定あったの?」
そうだった。
今日もレストランの予約はしてあるんだった。
目の前でステーキを焼いてくれる店。
お手頃な値段で美味しい肉を食べられるとの評判をネットで見て、亜紀と2人で決めたんだ。
「あ、はい、一応……でもどうしようかな……直樹は消化の悪い物は食べられないだろうし。」
確かに、胃腸風邪を引いているのに脂の乗ったステーキなんて食べたら消化不良を起こすだろうな。
また店で倒れて亜紀や牧原達に迷惑をかけてしまうかもしれない。
「じゃあさ、その店はキャンセルして亜紀ちゃん俺たちのコテージに来なよ。俺たち今日ケータリングサービス呼んでるからさ。一人前くらい言えば増やしてくれるし。」
「ケータリング?え~そんな事もできるんですねぇ、わぁいいなぁ。」
「そうそう、料理人が1人だけ来てさ、前菜からデザートまで全部キッチンで作ってくれるんだよ。腕の良い人呼んでるからさ、きっと亜紀ちゃんも気に入るよ。」
「なんだか贅沢ですねぇ、え~どうしようかなぁ。」
「折角なんだし、食べに来なよ。」
「行きたいなぁ……」
〝行きたいなぁ〟亜紀はハッキリとそう言った。本音を隠すことなく。
そう言われたら、俺はもう止める事はできない。
昨日も言ったように、亜紀にはこの旅行を楽しむ権利がある。旅費は半分出しているのだから。
俺が〝行かないでくれ〟なんて言えるはずもない。
「じゃあ直樹に行っていいか聞いてみれば?」
「そうですね、聞いてみます。」
行ってしまえばいいじゃないか。
俺の事なんて気にせずに。
「直樹、ちょっといい?」
再び部屋に入ってきた亜紀が、俺の肩をトントンと触って聞いてきた。
俺は今目が覚めたように「ん~?」と演技をして目を薄っすら開ける。
「身体の調子どう?少しは良くなった?」
「……少しはね……でもまだ寝てないとダメかな。たぶん明日の朝くらいまではちゃんと寝てないと。また悪化したら大変だし。」
「そっか、うん、じゃあ寝てなきゃだね。……あの……それで今日の夜のレストランの事なんだけど、直樹お腹の調子まだ悪い?」
「レストラン?あ~そっか、ステーキだったっけ?さすがにまだ無理かな、ごめん。」
「ううん、私は別にいいんだけど、じゃあキャンセルしちゃってもいい?」
「うん、ごめん、頼むよ。」
俺は亜紀が次に何を言い出すのか分かっていたから、会話はテンポ良く進んでいってしまう。
「……そ、それでね直樹、牧原さん達が……」
「行ってきなよ。」
「え?」
「俺はしばらく寝たいし、牧原達が亜紀をどこか食事に連れて行ってくれるなら、そうしてくれる方が俺も良いからさ。行ってきなよ。」
俺は投げやりだった。
どうせ亜紀は俺といるより牧原達とワイワイやってる方が楽しいんだろ?
「……でも、いいの?」
「いいよ。ていうかもう寝ていい?薬が効いてるみたいでさ、眠いんだよね。」
「あ、ごめん……そっか、じゃあ、うん、行ってくるね。」
亜紀は俺の機嫌が悪いのに気づいていたと思う。
どうして怒ってるの?みたいな顔をしていたから。
でも亜紀はその理由を聞くこともしないで、あっさりと部屋から出て行ってしまった。
「どうだった?」
「あの、直樹も行って良いって言ってるので、良いですか?ご一緒させてもらっても。」
「ハハッもちろんだよ!よ~し!じゃあさっそく行こうか。」
「牧原さん達のコテージってここから近いんですよね?」
「近いよ、ほら、ここの窓からも見えるよ。あそこの白い建物だから。」
「へぇ、こんなに近かったんですね。わぁ素敵な建物。」
「ここから歩いて5分くらいかな。じゃあ亜紀ちゃん、早く準備しちゃいなよ。」
「はい、ちょっとシャワー浴びて着替えてきますね。」
亜紀はさっきの俺とのやり取りを全く気にしていないような様子で会話をしていて、着替えた後すぐに牧原達と行ってしまった。
……もう、俺たちは終わりだ。