「良かったね直樹、大した事なくて。」
「うん。」
診断を聞いた亜紀はホッとした表情でそう言ってくれたが、それ以降帰りの車の中でも亜紀が俺に話し掛けてくる事はなかった。
そして時折亜紀は「はぁ……」と溜め息をついていた。
俺には分かっていた。亜紀の今の本当の気持ちが。
亜紀は感情が顔に出易いんだ。
亜紀は俺の事を本気で心配してくれているけれど、同時に凄くガッカリしているんだ。
折角の旅行なのに、ずっとずっと楽しみにしていた旅行なのに、どうしてこんな事になっちゃうの?と。
そりゃそうだ。
俺は2、3日寝ていないといけない。つまり俺は2人でのこの旅行を台無しにしてしまったも同然なんだから。
でも病気はある意味仕方のない事でもあるし、俺を責める事はできないから、亜紀は本心ではガッカリしていてもそれを口に出す事はしないんだ。
コテージに戻って来て、まだ熱も頭痛もあった俺はすぐにベッドに入った。
牧原達は俺のために飲み物と消化の良さそうな食べ物を買ってきてくれたのだが、牧原達はそれだけで帰る事はなかった。
まぁこれだけお世話になっていて、すぐに帰ってもらう訳にもいかない。
牧原達はコテージの俺が寝ている部屋の隣の部屋で談笑していて、亜紀もそれに付き合う事に。
「じゃあ直樹、何かあったら呼んでね。」
そう言って亜紀は牧原達のいる部屋へ行ってしまった。
正直俺としては亜紀には牧原達の所に行ってほしくなかったが、でも仕方ない。
寝ているだけの俺の横にいても亜紀は楽しくないだろうし。ただの風邪で、小さな子供じゃないんだし、誰かに付きっきりで居てもらう必要なんてないのだから。
「亜紀ちゃんって大学どこなの?直樹と同じ?」
「えっと大学は違うんです。私は〇〇大学なので。」
「へぇ、〇〇大ってお嬢様大学だよな?そんな子がどうやって直樹と付き合う事になったのか益々気になってきたわ。」
「そんな、お嬢様大学ではないと思いますけど……直樹とはバイトが同じで、それで。」
「あーなるほど、そういう事か。ホントあいつ運良いよな、こんな可愛い子とバイト先で出会えるなんて。」
俺は身体を治すために眠りにつく必要があったが、亜紀が牧原達とどんな会話をしているのかが気になって眠れなかった。
牧原達の大きな声と、時折聞こえる亜紀の笑い声。
なんだか隣の部屋は随分と盛り上がっていて、楽しそうだった。
牧原、篠田、坂本、この3人はきっと女の子と話す事、女の子を楽しませる事に凄く慣れているんだろうなと思った。
常に話題の中心に亜紀を置いていて飽きさせないというか、きっと人見知りする女の子でもこの3人とならすぐに打ち解けてしまのではないだろうか。
亜紀の笑って楽しそうにしている声が絶えないのが、その証拠だ。
それから1時間くらい経ってからだろうか、亜紀は俺が寝ている部屋に戻ってきた。
「直樹、寝てる?」
「ううん、起きてるよ。」
「大丈夫?ごめん、うるさくて寝れなかった?」
「そんな事ないよ、薬のおかげで大分楽になったし。」
「そっか、良かった。」
亜紀はそう言ってベッドの横に立っていたのだけれど、俺を見てまだ何か言いたげな顔をしていた。
「……ん?どうしたの?」
「あ、あのね直樹……牧原さん達がこれから夜のドライブに行くんだけど一緒に来ないかって……」
「夜のドライブ?どこまで?」
「なんかね、街の夜景が綺麗に見れる場所があるんだって。」
「夜景?そう……か……」
亜紀がそこに行きたがっている事は、表情を見てすぐに分かった。
でもそれが牧原達と、というのがやはり気に食わないし心配だった。
しかし今の俺に亜紀を引き止める権利なんてある訳がない。
この旅行は亜紀も半分旅費を払ってるんだ。そのためにバイトで頑張って貯金をしてきたのだから。
亜紀はこの旅行を楽しむべきなんだ。
俺の看病なんかで潰してほしくない。
「行ってきなよ、俺は別に大丈夫だから。」
「ホントに大丈夫?」
「うん、俺はこのまま寝てるから。楽しんできな。」
「じゃあ……ホントにいい?」
「俺の事は気にしなくていいから、行ってきなよ。」
「……じゃあ……うん、行ってくるね。」
亜紀はただの風邪とは言え、病気の彼氏を置いて出掛ける事に少し抵抗があるようだった。
でも、これで良いんだ。
今回は亜紀のための旅行のようなものなのだから。
それに体調管理を怠った俺が悪いんだから、仕方ないじゃないか。
「あっ、亜紀、でもあんまり遅くなり過ぎないようにな、心配するから。」
「うん、分かった。綺麗な夜景の写真が撮れたらメールで送るね。」
亜紀は俺に笑顔を向けてそう言うと、部屋を出ていった。