俺のお腹は突然グルグルと鳴りだし、痛みだした。
「うっ……」
「どうしたの?」
「ちょ、ちょっとお腹が……」
「え、大丈夫?」
心配そうな顔をする亜紀。
「ハハ、大丈夫大丈夫。ちょっとトイレ行ってくるよ。」
そうだ、慌てる事はない。
俺は元々体質的にお腹が緩いんだ。
だからこういう腹の痛みには昔から慣れている。
トイレで出すもの出して、少しの間安静にしていればすぐに治るはずだ。
俺は席を外して急いでトイレへ向かった。
俺がトイレの中で腹の痛みと格闘していたのは20分間くらいだっただろうか。
まだ完全ではないけれど、痛みも少し和らいだので俺はトイレを出た。
あとは飛行機が島に着くまで席で静かにしていよう。
しかし席に戻ろうしたところで、嫌な光景が俺の視界に入ってきた。
「亜紀ちゃんは〇〇島行くの何回目?」
「私初めてなんですよ。だから楽しみで。」
牧原が亜紀と話してる。
しかも牧原は俺が座っていた亜紀の隣の席に座っているではないか。
何やってるんだ?俺の席に勝手に座るなよ。しかもいつの間にか亜紀の事を名前で呼んでやがる。
「牧原さんも初めてですか?」
「いや、俺はもう5,6回は来てるかなぁ。」
「えーそんなに、いいなぁ。じゃあ色々詳しいんですか?」
「うん、それなりにね。よかったら俺が良い所案内してあげようか?」
2人は随分と楽しそうに話していた。
亜紀は終始笑顔を牧原に向けている。
そうだよな。
話し掛けられたら誰に対しても笑顔で応える、それが亜紀なんだ。
そして俺は初めて会ったとき、その亜紀の笑顔に恋をしたんだ。
「どこか美味しいお店とかありますか?スイーツのお店とか。」
「スイーツかぁ、俺はあんまり甘い物はなぁ。」
「あ、そっか、男の人はあんまりそういうの食べないですよね。」
「そうだねぇ。あ~でも、そういえば美味しいパンケーキ屋なら知ってるよ。」
「わぁ本当ですかぁ!私パンケーキ大好きなんです!」
「俺甘い物苦手なんだけど、その店のだけは美味しくて完食しちゃったんだよね。友達も皆絶賛してたし。」
「え~いいなぁ。私も食べてみたいなぁ。」
「それなら俺達レンタカー借りる予定だからさ、良かったら連れてってあげるよ。直樹とも相談してみな。」
「え~いいんですかぁ?嬉しい!じゃあ直樹に聞いてみます!」
俺は少しイライラしながら席の方へ近づいていった。
亜紀、その笑顔を牧原なんかに向けないでくれ。
俺は明らかに亜紀と2人で楽しそうに話をする牧原に嫉妬していた。
「お?帰ってきた。大丈夫か?」
「大丈夫?」
席に戻ってきた俺に、2人が揃ってそう聞いてきた。
「もう大丈夫だよ、大したことないから。」
「そっか、良かったぁ。あ、そうだ、胃腸薬貰ってこようか?飛行機内で買えるって聞いたことあるし。」
「いや大丈夫だよ亜紀、もう治ったから。」
俺は亜紀にそう言いながら、牧原の顔を見た。
すると牧原はすぐに察したように俺に席を譲ってきた。
「おお、悪い悪い。今亜紀ちゃんと〇〇島の事話してたんだよ。」
「ねぇねぇ直樹、牧原さんがね、美味しいお店知ってるんだって、パンケーキのお店。」
「……へぇ。」
「俺達レンタカー借りてるからさ、直樹と亜紀ちゃんも乗せて連れて行ってやるよ。」
そんなのダメに決まってるだろ。
俺は亜紀と2人きりの時間を楽しむために来てるんだ。
牧原達なんかと遊ぶために来た訳じゃない。
「いやでも、俺達も予定があるから。」
俺は表情変えず、さらっとそう断った。
「予定って言っても全く時間がない訳じゃないだろ?空いてる時間があったら教えてくれよ。そしたら迎えに行くからさ。」
「いやでも、そんなの悪いよなんか。」
俺は言葉こそ丁寧にしていたが、明らかに嫌がっている雰囲気を出していた。
「ふーん……分かった。じゃあもし行きたくなったら連絡くれよな。すぐ迎えに行ってやるからさ。」
牧原は嫌がっている俺を感じ取ったのか気を遣うようにそう言ってきたが、その表情は明らかに不満そうだった。
横にいる亜紀も少し残念そうにしている。
「直樹、パンケーキ嫌いだっけ?」
「いや、別にそういう訳じゃないけど。」
実際、俺達はそれ程予定が詰まっている訳ではなかった。
旅立つ前も、空いてる時間は適当に散策でもしようかと言っていたくらいなのだから。
だから亜紀はどうして?という顔をしていた。
でもそれから少しして、亜紀は思い出したかのように俺の耳元で「ごめん」と謝ってきた。
そして「ふたりの記念日だもんね」と言って俺の手に手を重ねてきた。