最初から言っていた様に、俺は全く乗り気ではなかった、本気で断る事も考えたのだが、しかし、一度引き受けておいて、断ったりしたら、あの新井に何をされるか分かったものじゃないとも思った。
撮影初日、俺は新井に、都内にある某雑居ビルの3Fの“大西興業”という制作会社の事務所に集合させられた。
その雑居ビルは、わりと駅の近くにあり、比較的近年建てられたものなのか小綺麗で、1Fにコンビニ、2Fには東洋医学のマッサージ店が入居していて、まさか3Fにアダルトビデオの制作会社があるなんて、想像もつかない感じの建物だった。
3Fの大西興業には事務所の他に、楽屋と言うのかは解らないが、控え室の様な大部屋や、創庫、編集室、それから小さいながらもスタジオまであり、そのスタジオには、磨りガラスで仕切られた、シャワー室まで完備されていた。
集合時間の30分ほど前に到着したのだが、スタッフは既にみんな揃っていた。
あの新井まで、遅刻せずに来ていたのが正直驚きだった。
スタッフは俺も含めて5人。
トップは、監督兼カメラマンの大西という40代半ばのオッサンだった。聞けば、この会社の代表でもあるらしい…
大西は…でっぷりとした体格で、髪も若干薄く、でも長髪にしていて後ろで一つにまとめていた。全体的に不潔な印象は拭えなかった。
俺に一番最初に声をかけてきたのが、その大西だった。
「君がクニ(新井)の後輩君かい?
えーっと木下耕平君ね。
クニの言う通り、イケメンだなぁ…
ま、今回はよろしく頼むよ。
頑張ってくれたら、バイト代も弾むから」
かなりの鼻声だったが、意外にも気さくな感じの物言いに、第一印象の悪さが薄れた。
「あ、よろしくお願いします」
俺は、失礼のないようにペコリと頭を下げた。
「よーっし、んじゃ、チョイ早いけど、始めちゃいますか~」
新井が、大きな声で仕切り出した。
「一応、説明しときまーす。
ま、ぶっちゃけどんな事を言ってもいいから、女の子をココに引っ張って来てくださーい。
タダで連れて来れれば言うことナシだけど、とりあえずスタジオまで来て、ちょっとエッチなインタビューをして、その様子を撮影させてくれたらって条件で、その謝礼として5千円くらいは支払えますって言って貰ってもオッケーでーす。
スタジオに着いてからは、監督や俺に任せて、指示に従ってくださーい。
あと、後で問題になっても困るので、年齢確認だけはしっかりしといて下さいね~。
仮に、ケーサツに職質とか受けたら、撮影ってのはNGで、単なるナンパだって言い張る事。
いいッスかぁ?」
「うぃ~っす」
他の2人の男が返事をしたので、俺もつられて返事をした。
「んじゃ、監督からヒトコト」
新井が大西に向かって言った。
「えー、皆さん、よろしくお願いしまーす。
バイト代とは別に、女の子1人連れて来るたびに、ボーナス千円出しますので、張り切って、可愛い娘連れて来て下さい」
「お~!」
ボーナスと聞いて、テンションが上がる。
「監督。
MVPは?」
新井が訊いた。
大西はニヤリとしながら、3本指を出して
「勿論、あるよ~」
と言った。
「うぉー!!よっしゃー!!!」
俺と大西を除く3人のテンションが更に上がった。
俺は、新井に訊いた。
「センパイ、MVPって何スか?」
「おぉ、そっかお前は知らねーワな。
MVPってのはなぁ…
一番かわいくてエロい事が出来る娘をナンパしてきた奴に、ボーナスとして3万円、与えラレルノダヨ」
「3万っスか?
それ太いっスねぇ」
「だろ?
ま、とにかく、お前は顔がイイんだから、明るいノリで、声かけまくれ。
連れて来さえすれば、後は、監督や俺に任せとけばイイから…
な、頑張ろうぜ!」
新井は俺の肩を抱き、そう言った。
そして、またみんなの方に向き
「あ、業務連絡忘れてた。
メシは、事務所に弁当用意してますから、各自、テキトーに帰って来て、休憩しつつ頑張ってくださーい。
んじゃ、ヨロシクー」
そう言われ、打ち合わせは散会となった。
大西は事務所で待機して、女の子の到着を待ち、新井は事務所付近でナンパしつつ、撮影になったらスタジオに入るという体勢だった。
俺と残りの二人は、何処に行ってもイイから、とにかく素人の女の子…なるべく学生やOLなどを連れて来るように言われた。
その残りの2人、佐々木と長岡は、共に俺と同じ20歳で、新井の昔からの仲間、後輩らしい。
もう何度もこの仕事をしているようだ。
二人とも、中々の男前だった。
ふと気になったので、ビルを出る時に、俺は二人に訊いてみた。
「あの…
男優さんが居なかったんスけど…」
「あー、居ないよ」
佐々木が答えた。
「ま、女の子にもよるけど、相手するのは、基本俺達だから」
長岡が、補足するように言った。
「エッ!!?
俺、そんなの聞いてナイけど…」
俺は焦った。
新井の最初の説明では、俺はナンパして女の子を連れて来るだけで良かったハズだったのだ…
「大丈夫だって、相手するって言っても、セックスまで持ち込める娘なんて、殆ど居ないし、仮に居たとしても、そーゆう娘の相手は、クニさんか、監督がする事になってるから
残念ながらね…」
長岡が言った。
佐々木も
「まー、俺達が女の子とカラむっつったら、おっぱい揉ませてもらったり、目の前でオナニーしたり、運がよければ手コキとか、フェラしてもらえるってトコだからねー
とにかく、監督とクニさんに言われた様にしとけばいーんだよ」
そう言った。
「ま、バイト代までもらえて、素人の娘と、エッチな事が出来るんだから、美味しいバイトだよ~
MVP狙って頑張ろうゼ!」
「今回のMVPは俺が貰っちゃうからね~」
俺の複雑な気持ちを知ってか知らずか、能天気に二人は言い放ち、それぞれナンパをすべく、街に消えて行った。
男優の代わりもしなければならないかもしれない…
それを聞き、俺は不安になった。
沙織と出逢ってからは、他の女など目に入らなくなっていたし、浮気なんて考えたこともなかった…
あの、新井と千枝のセックスを覗き見た後の、性欲の塊だったのが嘘のようだった。
“やっぱり今の俺には、沙織以外の女なんて考えられない
仮に、男優の様な仕事があった場合は、新井に代わりにして貰おう。新井なら喜んで代わって貰えるだろう。
もともとそー言う約束だったんだから…
とにかく、一人でも多くの女の子をナンパして、バイト代を増やす事に専念しよう…”
そう割り切って、気持ちを切り替え、俺もナンパすべく張り切って街に出る事にした。
…が、意気込み虚しく、サッパリだった…
新井や大西に、オトコ前とおだてられ、多少、自信がナイわけではなく、傲っていた部分もあり、それが声をかけた女の子達の鼻についたのかもしれない…
が、やはり、騙してというワケではないが、AV出演を依頼しているという負い目があり、そんな引け目からか、イマイチ会話が弾まなかったのが主な原因だろう…
そんなワケで、一人途方にくれていると…
「どったの?耕平ちゃ~ん」
新井が何処からともなく現れ、声をかけてきた。
「あ、新井さん…」
「いやー、メシも食いに戻って来ないし、そろそろ撤収だってのに帰って来ないし…
バックレたのかと思っちゃったよ~」
「撮影は…どうですか…?」
「う~ん…まぁまぁかな…?
一応、俺が3人捕まえて、そのうち一人はインタビューだけで帰っちゃったケド、手コキと乳揉みさせてくれたのが1人、フェラが一人。それが今日の成果だなぁ…、
他の二人は、佐々木が3人、長岡が2人連れて来たけど、ぶっちゃけそんなにカワイクなかったんだよなぁ…
そんなのに限って、ガードが固いっつーか、結局、長岡が連れてきたブサイクが、手コキして手マンさせてくれただけだったわ
こんなモンっちゃーこんなモンじゃネェかなぁ…」
新井と佐々木が3人づつに、長岡が2人…それなのに俺は…
「新井さん…なんかスイマセン…
俺、全然ダメで…」
「そうだなぁ…
ま、初めてだし、別にサボってたワケじゃ無さそうだし、別に責める気はネェから、あんま気にすんなよなー
明日もあるしよぉ」
意外にも優しい言葉が帰って来たので、驚いた。
少し、この新井というオトコを誤解していたのかもしれない…
「新井さん…
なんか、女の子を引っ掛けるコツとかってあるんスか?」
思い切って訊いてみた。
「コツっつっても、相手もその時々で違うし、俺らにもそれぞれキャラがあるじゃん?
ま、そのキャラ活かして行くしかネェんじゃないの?」
「キャラっスかぁ…」
「お前、何か女の子騙して連れて来ようとしてない?
さっき蔭で見てたら、そんな気がしたんだわ。挙動不審な感じだった」
「でも、バカ正直にAVって言ったら…」
「いや、そこがキャラの問題だよ。
お前は、ショージキに、でも明るく、母性本能くすぐる感じで、女の子に離しかけてみろよ。
“AVの撮影してて、エッチなインタビューに答えてくれる人探してんスけど、誰も協力してくれないんですよ~、お姉さん助けて下さいよ~”
とかそんなノリでさぁ…
ダメもとなんだから、お前ならキレイ目なお姉ちゃんに甘えたらイケんじゃないの?
俺は、そー思うよ」
「そうっスかねぇ…」
新井のアドバイスにより、俺は、なんとなくイケそうな気がして来た…
「んじゃ、最後に、もー一人だけ、イッてみろよ…
ほら、あそこ歩いてるのはどーだ?
かなりカワイイじゃん。
ちょっとアゲハ嬢っぽいケド、あーゆーお姉さん系って意外とイケるぜ」
新井は、街を歩く一人の女を指差し言った。
俺は、言われるがまま、その女に声をかけた…
「あの~、お姉さん、スイマセン…」