俺は迷っていた。
携帯が置いてあるコテージに戻るべきか否か。
今から戻れば、亜紀からの電話には出れなくても、こちらから掛け直せば良い。
それで十分に間に合うはずだ。
でも、今さらだけど何て言えばいいんだ?
寂しいから帰って来てくれとでも言うのか?
もうすぐ10時だから帰ってこいと?そんな門限に厳しい高校生の親みたいな事をいうのか?
牧原達は身体目的で亜紀に近づいてるだけだ、危険だから早く帰ってこい!
そんな風に言ったら、今の亜紀はどんな反応をするのだろうか……。
俺が迷ってそうこうしている内に、亜紀が牧原達のいる部屋に戻ってきてしまった。
「お、亜紀ちゃん、どうだった?直樹電話に出た?」
「出ませんでした。まだ寝てるのかな……そういえば直樹、薬飲んだから朝まで寝るって言ってたから。」
「へへ、そっか。まぁ薬飲んで寝てるなら電話鳴ってても起きないだろうね。」
「そうそう、それに折角寝てるのに起こしちゃマズいよ。」
「亜紀ちゃんの彼氏、治りきってないのに無理して倒れちゃったんだろ?今日は朝までぐっすり寝かせてしっかり治した方が良いよ。」
俺は牧原達の上っ面だけの言葉にイラッとしたが、亜紀はそれに対して「そうですよね。」と答えていた。
確かに俺も亜紀が出て行くときにそう言った。薬を飲んで眠いし、しっかり治したいから朝まで寝ていたいと。
そして牧原達と遊んでこい、俺もその方が都合が良いからと、言い放った。
俺は詰まらない嫉妬で機嫌を悪くして、俺を心配してくれていた亜紀に冷たく当たったんだ。
それはたった数時間前の出来事だ。亜紀も今、その時の俺の態度を思い出しているのかもしれない。
あんな態度を取られて、嫌な気分にならない人間なんていない。
そう考えたら、余計に電話し辛くなってきた。
病気して迷惑かけて、勝手に嫉妬して機嫌悪くなって突き放して、そして今度はやっぱり帰ってきてほしい、だなんてな……自分勝手な彼氏だよ。
「じゃあさ、亜紀ちゃんもっと遊んでいくでしょ?まだそんなに遅い時間じゃないし。」
「そうですね、折角だからもうちょっと居ようかな。」
「ていうか今日はもうオールでしょ?朝まで楽しもうよ。」
「え~朝までですか?」
「だって折角南の島に来たんだから。夜は長いよぉ。」
「そうそう、睡眠なんてさ、帰ってからいくらでも取れば良いんだから。」
「うーん……確かに、そうですよね。」
「亜紀ちゃん頑張ってバイトでお金貯めて来たんでしょ?じゃあその分はしっかり楽しまなきゃ。こんな事言うのもなんだけど、彼氏の看病に時間使っちゃ勿体無いよ。」
牧原達が言ってる事が正論なのが悔しい。
看病なんかに時間を使いたくない。亜紀はそれを決して自ら人前で口にするような事はしないけれど、本音はそうなのだと思う。
それを牧原達が代わり言ってくれた事で、亜紀はきっと気が楽になったのだろう。
そうだよね、私はこの旅行を楽しんでもいいんだよね と。
「よーし!じゃあ亜紀ちゃんも今日は朝までオール決定だね!」
「フフッ、でも私朝までなんて起きていられるかなぁ。」
「大丈夫だよ、まだ若いんだし。」
亜紀の笑顔からは、もう今夜は思う存分楽しい時間を満喫するんだ!という晴々とした気持ちが見て取れた。
まるで俺の事はもう吹っ切れたかのように。
そうだよな、あんなに楽しみにしてた旅行だもんな……。
俺は亜紀のその笑顔を見て、もう携帯を取りに行く行動力も、亜紀を呼び戻す自信も失っていた。
あの夢を見てから、部屋を飛び出してきた時の勢いはもうない。
俺はただ牧原達の豪勢なコテージの敷地の隅っこで固まった身体を潜ませて、涙目になりながらじっと亜紀の様子を眺める事しかできなかったんだ。
「じゃあちょっとドライブがてら外に買い出しに行くか。」
「そうだな、酒はあるけどつまみがないからな。へへ、それにあと他にも色々と欲しいものもあるし。」
「亜紀ちゃんも行くでしょ?」
「はいっ、ドライブ大好きです!」
「よし、じゃあ行こうか。」
……ドライブ?いったいどこへ?亜紀も行ってしまうのか……。
俺があたふたしている内に外出の話がまとまって、4人はすぐにコテージから車に乗って出て行ってしまった。
車を持っていない俺はそれを追いかける訳にもいかず、静まり返った敷地でただ茫然としてずっとその場に隠れたまま過ごしていた。
なんだかまた亜紀を牧原達に連れ去られてしまったような気分。
俺は再び膨れ上がった不安と、自分のあまりの不甲斐なさに気持ちを落としていた。