俺は浮かれていたんだと思う。
中学高校と暗い青春時代を過ごしてきた俺は、大学入学前に心に決めていたんだ。これからの大学生活は絶対に楽しく充実したものにするんだと。
地元から離れてわざわざ遠くの大学を選んだのは、全てを1からスタートさせたかったから。
初めて住む街、初めての1人暮らし、ここには過去の俺を知っている人間はいない。全てが新しい。
過去を脱ぎ去って、生まれ変わりたかったんだ。
大学に入学して、俺は自ら周囲にいる人達に積極的に話し掛けた。
明るく振る舞って、早く大学の雰囲気に馴染もうとできる限りの努力をした。(出しゃばり過ぎて大学デビューだと思われないように、その辺りはコントロールしながら)
するとどうだろう、あっという間に俺には何人もの友達ができた。
一緒に飯を食べる友達、一緒にバイトをする友達、毎日のように夜遅くまでふざけ合ったりできる友達。
驚いた。友達ってこんな風に簡単にできてしまうものなんだ。
どうして高校時代は同じようにできなかったんだろう。
俺は高校時代クラスには居なかった。いや、正確には教室の席には座っていたし居たんだけど、たぶん他のクラスメイトからすれば居ないのと同じだったんだと思う。
当然女子から名前を呼ばれるような事はなかったし、男子でも俺に話しかけてくる奴はどこか俺を見下しているような人間ばかりだった。
態度のでかい奴にパシリに使われて、俺がそれに嫌気がさしてそいつらを無視していたら、気付いた時には誰にも見向きもされなくなって、クラスで孤立していた。
それが大学に入ってからは皆が「直樹!」「直樹今日空いてる?」「今から〇〇行くんだけど直樹も来るよな?」と声を掛けてくれる。
皆が俺を友達として扱ってくれる。
全てが変わった。世界が変わった。俺は生まれ変わったんだ。
そしてさらに大学に入る前には想像もできなかった事が起きた。
なんと、俺に彼女ができたんだ。
本当に信じられなかった。俺が女の子と恋愛ができるようになるなんて。
彼女の名前は亜紀と言って、近くの大学に通う同い年の学生で、バイト先で知り合った。
初めて見た時から可愛いなぁとは思っていたけれど、俺は大学でできた友達と同じようになんとか亜紀とも友達になろうと思って積極的に話し掛けた。
亜紀は優しい子で、そんな俺に対して笑顔で接してくれた。
亜紀とはシフトが同じ事が多くて、俺は亜紀と同じ時間を過ごす中で次第に亜紀に惹かれていった。
そして気付いたら好きなってた。
で、周りの友達に背中を押してもらうような形で俺は亜紀に告白した。
今まで女の子と付き合った事のなかった俺はどうにも自信が持てなくて、どうせ振られるだろうと思
い込んでいた。
周りの友達にも「後でみんなで慰めてくれよ」と前もって言っていたくらい。
ところが亜紀からの返事はOKだった。「よろしくお願いします」と。
これは夢か?
そう思うくらいに驚いた。
亜紀みたいな可愛い女の子が俺の彼女!?
信じられないけど現実なんだから凄い。
友達も皆自分の事のように喜んで祝福してくれた。
「良い彼女ゲットしたなぁ!大切にしろよぉ!」って。
それからというもの、俺は毎日が楽しくて楽しくて仕方なかった。
亜紀と一緒に過ごす時間はもちろん、友達との時間も大切にしたかったから、もう忙しくて。
こんなに幸せな時間、寝るのが勿体無いと思うくらい。
亜紀とデートして、亜紀とバイトして、友達と遊んで、その繰り返しの生活。繰り返しだけど全く飽きない。
ああ楽しい。ああ幸せだ。これが幸せって事なんだなぁ。
これが一生続いたらいいのに。
こんな感じで俺は完全に浮かれていたのだと思う。
ある政治家が言ってたっけ。
人生には上り坂もあれば下り坂もあります。でももう1つあるんです。
〝まさか〟
まさか俺が留年するとは思ってもみなかった。
考えてみれば、これも原因の一つだったのかな……。